東京地方裁判所 昭和42年(ワ)895号 判決 1968年1月13日
原告
柳時権
被告
小泉圭一郎
主文
被告は原告に対し、金二〇〇万円およびこれに対する昭和四二年二月一一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告その余の請求は、棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、原、被告各その一を負担せしめる。
本判決第一項は、確定前に執行できる。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金六〇〇万円およびこれに対する昭和四二年二月一一日以降完済まで年五分の割合による金員の支払いをせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、請求の原因として、
一、被告は自動車による貨物運送を業とするものであるが、昭和四一年九月七日大型貨物自動車足い七二〇号を運行の用に供し、訴外桐生哲治に運転させていたところ、右訴外人は、同日午後四時一〇分頃、都墨田区八広六丁目四番地一五地先路上交差点において、停止信号に従い停車中の原告運転の普通乗用自動車に右貨物自動車を追突させ、原告を負傷せしめた。よつて、被告は自賠法三条により原告に賠償する義務がある。
二、原告は、右事故により頸椎鞭打損傷および頸椎症候群の傷害を受け、現に加療中であるが、その全治の可否、時期は不明である。右のうち、頸椎鞭打損傷は神経に障害を生じ、軽労働しかできなくなつたもので、自賠法施行令の後遺障害等級別中六級相当、頸椎症候群は同令等級別中第一〇級相当であるので、両者を合せて第五級相当の傷害を受け、労働力は、今後五八%喪失したものである。
三、原告は右損傷を受けるまで一ケ月平均一五万円の収入を不動産仲介業により得ていたところ、右受傷のため現在まで休業状態になり、収入が途絶したほか、治療費を支払い、また精神的損害を受けた。その損害額は次のとおりである。
1. 事故から訴提起までの営業不能による逸失利益
一ケ月一五万円の割合で五ケ月分 七五万円
2. 治療費 一〇万三八〇〇円
3. 後遺症による将来の逸失利益
原告の事故時の年令は五三歳であるので、就労可能年数は今後なお一〇年は少なくともある。一ケ月一五万円中五八%喪失の割合での一〇年分の額一〇四四万円のホフマン式現価を求めると 六九七万三三三三円
4. 精神的損害に対する慰籍料 三〇〇万円
四、以上を合計すると、一〇八二万七一三三円となるが、そのうち、1.2.および3.のうち五一四万六二〇〇円および訴状送達の翌日である昭和四二年二月一一日以後支払済みまでの年五分の割合による損害金の支払いを求める。
被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求原因に答えて、また被告側主張として、次のとおり述べた。
一、請求原因第一項中、原告主張の日時場所において、その主張のような接触事故のあつたことを認める。同項第二項中、原告が事故により軽度の頸椎鞭打損傷を受けたことは認めるが、その余は不知。同第三項は否認する。
二、被告は、治療費その他に充当するため、当初一三万五〇〇〇円を支払い、更に、原告から仮処分を受けて後五二万三八五四円、合計六五万八八五四円を支払つているのであつて、その上原告に支払うべき債務はない。
〔証拠関係略〕
理由
一、被告が本件事故車の運行供用者であること、および、本件事故の発生については、原告主張のとおり争いがない。よつて、免責事由を主張・立証するところのない被告は、この事故のため原告が傷害を負うことによつて生じた損害の賠償をなす義務がある。
二、原告が頸椎鞭打損傷を負つたことは当事者間に争いがないが、その程度およびその余の傷害については被告はこれを争うので、証拠を案ずるに、〔証拠略〕を総合すると、原告は、事故後頸椎鞭打損傷の急性症状を発し、それは一ケ月ほどで症状が軽くなつたが、後遺症として変形性頸椎症による頸椎症候群が残り、上肢のしびれや目まい、頭痛等の症状が固定化し、軽快を望めないまま今日に至つていること、途中関川病院では、昭和四二年四月、五月入院治療を受けたことが認められる。もつとも、右の変形性頸椎症は、事故による外力の衝撃のみによつて生じたものでなく、四〇歳を越えて後生ずる頸椎第五第六間および第六第七間の椎間板の経年性変化があらかじめ存在したことが一因となつて、脊髄神経根部を圧迫し、自律神経の刺戟症状を呈するに至つたものなのであるが、それにしても、本件事故による外力の衝撃が加つた結果、この症候群を誘発したことは明らかなのであるから、事故と現在の後遺症との間に相当因果関係あることを否定することはできず、右のように元来経年性変化も存したとの事情は、損害算定上の事情として顧慮斟酌すれば足りると解される。なお、この後遺症が、上肢のしびれや目まい、頭痛等を伴うこと右のとおりではあるが、全然仕事ができないわけではなく、例えば、自動車の運転なども、通院のためこれを行つていたことが池谷証人の供述により認められ(これに反する原告本人の供述は採用しない。)、その程度の障害であることを念頭に置く必要がある。
三、そこで、損害額について考えるに、
(1) まず、治療費については、〔証拠略〕により、原告は橋本病院、立川病院および日本医科大学病院では国民健康保険の適用を受けえなかつたが、昭和四二年四月一日以降関川病院の診療にはこれの適用を受けたこと、その治療費は一〇万三八〇〇円を遙かに越えていることが明らかである。従つて、治療費として一〇万三八〇〇円の支払いをしたとの主張は、優にこれを認容することができる。
(2) 次に、逸失利益を判断することとし、まず、事故当時の収入を見るに、〔証拠略〕を総合すると、原告の収入は、純益少なくとも月六万円に及んだと見るのが相当である。(甲第五号各証およびこれに関する原告本人の説明によれば、もつと多いようであるが、甲第八号証に照らし、採用しない。他方、甲第八号証は、昭和四一年度九ケ月分の大安住宅(原告営業にかかる不動産仲介業の営業名義)の所得申告であつて、その六一万円は、諸経費を控除すれば、月々の純益として六万円以下の数字に導くことも考えられる筋合であるが、この種の業種においては、多少とも実際の所得を下廻つて申告されるものと考えて差支えないから、右甲第五号各証をこの意味においては斟酌し、六万円と認めて差支えない。)
(3) そうすると、訴提起時である昭和四二年二月一日までの五ケ月間(弱)は、全然仕事をしていなかつたことは原告本人の供述によつて認められるので、この間の収入三〇万円を喪失したものと認められる。
(4) 進んで、将来の逸失利益を考える。原告の本件後遺症による稼働能力の喪失は、前認定のように、事故以前既に経年性変化が局所に存したことも考え合せると、喪失の全部を被告に対して賠償請求すべきものとは認められず、右の点を斟酌しつつ、前認定の後遺症の程度から、稼働能力喪失中被告に賠償請求しうる割合を考えると、収入の四分の一と見るのが相当である。原告が事故当時五三歳の男子であつたことは被告の明らかに争わぬところであるから、これを自白したものとみなし、五三歳の男子が少なくとも以後一〇年の稼働期間を有することは当裁判所に職務上顕著である。そこで、右四分の一の割合から毎月一万五〇〇〇円を失うものとして、一〇年間の逸失利益を年五分の中間利息を控除するホフマン式計算(月別)で求めると、係数九七・一四五一五二を一万五〇〇〇円に乗じて一四五万七一七七円(強)を得る。
(5) そこで、慰藉料を案ずることにする。(原告主張は、治療費と逸失利益のみの賠償を求めるかの如くであるが、弁論の全趣旨により、これは全部の主張額一〇八二万余円中請求にかかる六〇〇万円を構成する請求の順序を示す趣旨であつて、治療費と逸失利益についての認容額が六〇〇万円に満たぬ場合も慰藉料請求をしないという趣旨ではないこと明らかであるから、この判断に入るべきものである。)以上認定の諸事実を考慮すると、慰藉料としては八〇万円が相当である。(なお、原告主張の治療費が書証によつて認められるところより下廻つていること、他方、被告主張の内払額も、後記のように、書証により認められるところより下廻つていることも、合せ斟酌した)。
四、以上を総合すると、原告は被告に対し、二六六万円(以下切捨)の賠償を求めうる筋合であるが、〔証拠略〕によれば、金一三万五〇〇〇円が、また、〔証拠略〕によれば、仮処分によつて命ぜられた六〇万七六二〇円が支払われたことが認められるから、そのうち六五万八八五四円の弁済に関する被告の主張は正当である。従つて、原告の請求は、二〇〇万円(以下切捨)を限度として認容すべきである。
五、よつて、原告の請求は、二〇〇万円およびこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年二月一一日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度では理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九二条に、仮執行の宣言については同法第一九六条に、それぞれ則つて、主文のとおり判決した次第である。
(裁判官 倉田卓次)